主婦から復職したい、社会貢献に興味がある。そんな時は・・

  • 現在の状況

福岡を拠点に社会復帰を目指すママたちをサポートするNPO法人の代表を務めるほか、ママたちと企業とのマッチングを行う人材紹介会社を経営しています。東京などの遠方へ出張することも少なくありません。

私にとってのエネルギー源は、子どもたち。そして子どもたちが生まれたことで、私は今の仕事を授かったと思っています。普段は朝食と夕食、夕食後のおしゃべりの合計1時間半程度しか子どもたちと一緒にいられません。でも「この子は今、ちょっとストレスを抱えているな」と思ったら一声かけてみるなど、気持ちだけは常に彼らに寄り添うようにしています。だから子どもたちも私には何でも話してくれます。

私にとって仕事は“生き甲斐”。大変な状況を克服して目的を達成させることで得られるやり甲斐は、何物にも代えがたいものです。でも一方で、母として子育てする – 育児と仕事、どちらもあって“私”という人間になるのだなと思います。

 

 

  • これまでの軌跡(キャリアの遍歴)

東京の大学を卒業後、Uターン就職で出版社の九州支社に入社しました。自治体の計画策定などのコンサルティング、営業職を2年勤めた後、佐賀県内のコンサルティング会社に転職。そこでのネットワークを築くうち、介護関連ベンチャー企業に誘われました。

その会社は急成長まっただ中。私は総務に配属され、就業規則や新人への研修体制、人事評価システムなどをゼロから構築していきました。

私は「 “攻めの総務”にしよう」と思い、助成金や国のモデル事業にトライ。当時の年収の5〜6倍の額が企業に入り、お金を使うだけではない、“稼ぐ総務”へと変わりました。その業績が評価され、私は総務部長になりました。

その頃、結婚。彼は東京で仕事をしていましたが、私は部長として仕事に熱中していたため、そのまま佐賀に残り“別居婚”が開始。でもやがて子どもを授かった時、退職し東京へ。専業主婦としての生活が始まりました。

でも、仕事をしていなかった私は、焦りを感じていました。部長として仕事していた当時は達成感を味わう瞬間が多くあり、周囲からも評価された。 “ゼロからイチを生み出す”業務を全うをすることで他者からの評価を得て、それが自分の存在価値になっていたのです。

でも子育ては、子供からの評価は期待できません。それ以外にも家事は全般的に、誰かから評価を受けることが少ないです。なぜなら家事は“マイナスをゼロに戻す作業”だから。例えば部屋を綺麗にしたとしても、1時間後にはまた汚くなります。

だから私はもう一度、“ゼロからイチを作り出す”世界に戻るべく動き始めました。秘書検定1級や簿記2級、産業カウンセラーなど資格を立て続けに取得。その間にIT企業に請われ、時短勤務でお手伝いをするようになりました。しかし片道約2時間の通勤に加え家事や育児を全て私一人が背負いこんだため、体を壊し退職。わずか10ヶ月後、再び専業主婦に舞い戻ります。2人目の子どもが生まれた後、家族で福岡へ。もともと夫は福岡出身で、地元に戻りたいということでの引越しでした。

 

そこで私は母親支援のサークルを開始。友達と話していた時「子育て支援はあるけど、ママ自身の健康やキャリアのサポートが無い」ということに気づいたからです。そこでまずはママの健康面のサポートをするサークルを立ち上げました。次に、「子育ても社会人としての自分も大切にしたい」ママのキャリアサポートに着手。

 

活動を通じて思いを同じくする2人の女性たちに出会いました。彼女たち練った内閣府のビジネスコンテストに提出した事業案が通過。こうして2012年に立ち上げたのが、今も私が理事長を務める「NPO法人ママワーク研究所」です。

設立から1か月後には「働きたいママのフェスタ」を開催し3000人を動員。それ以降もママたちの社会復帰をサポートする事業を次々と立ち上げます。ママたちと企業の出会いのイベント「ママ・ドラフト会議®」、バックオフィス部門のスキルを持ったママたちの社会復帰を支援する「ママ・ボランチ®育成事業」などです。更に、2017年2月に人材紹介会社を立ち上げました。これで、一歩を踏み出そうとしているママたちを全面的に支援する体制が整いました。

 

 

  •  困難だったこと、どう乗り越えたか

私がいないと家事や仕事が回らない、という状態は仕事をする上で苦労した点です。そこで、パートナーとの連携を強化するようにしました。また、子どもたちにも、自分でできることは自分でやってもらっています。それでも私が外出さえしなければ、家事を回すことはできました。行動範囲は限られていましたし、時間制限もあるので、やるべき仕事とやらなくても良い仕事を見定めて「これは!」というもの限定で選ぶことも大切ですね。組織でも、チームで仕事を分担できるような体制を意識しています。

 

また、育児に関しては、子どもの病気とその対応は、やはり働く上でとても苦労しました。例えば私が講演をお願いされた場合、その当日に穴を開けるという事態は避けなければなりません。だから私は、大事な仕事の前日は早めに寝かせる、十分な食事を摂って温かく過ごす、などシンプルな、でも有効なケアを実践してきました。

また、いろんな人の手を借りているが故に、子どもたちも「ママでないとダメ」というこだわりがなく、それがとても助かっています。
 

 

  • 人生の決断に必要だと思う事

「自分が決断することで、影響する人たちが笑顔になるか」です。全員が笑顔になることを想像できたら、私は自分の決断にGO。

もちろん、GOを出せないこともあります。それによりがっかりする人たちがいたら、代替案を提示した上でNoと言います。「この人たちなら、それをやってくれるかもしれません」と代替案を出します。

 

  • ポリシー、軸

人生の最期を迎える時に「私は自分に与えられた命を生き切った」と思いたい。それが私の軸です。そして今、私は「自分に与えられた命を生き切っている」と思っています。専業主婦時代にできなかったことを、私は今やり尽くしていると感じています。やらなくて後悔したことは一つも無いです。
 

  • 自分の軸を見つけるために何をしてきたか

私は元来、人見知り。例えば、イベントなどで偉い人を見かけた場合、昔の私なら名刺交換を遠慮していましたが、今はもう一人の自分が「行きなさい」と私に言います。コンペティションや発表会などの情報を得た場合、昔の自分なら「私なんて落ちるに決まってる」「人の前になんて立てない」と思っていましたが、今はもう一人の自分に「参加しなさい」と言われてそれに従います。そうやって、自分で自分の背中を押しています。

その原動力となっているのは、ママたちの思いです。

彼女たちの「もう一度働きたい!」という強い思いを代弁する者として、「代弁者として相応しい行動をしていますか?」を、常に自分に問うています。

 

  • 座右の銘

「犬も歩けば棒に当たる。でも歩かなければ棒にすら当たらない」。NPO設立前に相談したある経営者の方に言われた言葉です。「迷っていても何も始まらないんだから、とにかくやってみたら?」と。その言葉に力をもらった私は、ママたちにもこの言葉を贈っています。


 

 

 

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